「よく噛むと痩せる」という話は、ダイエットの文脈で繰り返し出てきます。お金もかからず、道具も要らない。試してみようと思う人が多いのも自然なことです。
一方で、実際にやってみた人の声を探すと「続けたけれど体重は動かなかった」という書き込みにもよく行き当たります。
では、噛むことで増えるエネルギー消費は、実際のところ何kcalなのか。この記事では、その数字を測った研究をそのまま見ていきます。結論から言うと、1食あたり数kcalです。
Chewing increases postprandial diet-induced thermogenesis | Scientific Reports (2021) https://doi.org/10.1038/s41598-021-03109-x
何を測った研究なのか
健常な若年男性11名を対象としたランダム化クロスオーバー試験です。同じ人が3つの条件をすべて体験し、条件の順番はランダムに割り当てられています。前夜から10時間以上絶食した状態で来所してもらう設計です。
試験食は缶入りの液体食で、200mLちょうど200kcal。これを20mLずつ、30秒おきに10回に分けて、5分かけて摂取します。
条件の違いは、口の中での扱いだけです。
| 条件 | 口の中でどうするか |
|---|---|
| 対照 | 20mLをそのまま飲み込む |
| 味わう | 20mLを噛まずに30秒間口に含んでから飲み込む |
| 噛む | 20mLを1秒に1回のペースで30秒間噛んでから飲み込む |
固形食ではなく液体食を使っているのが、この研究の要点です。 食べ物の硬さや食塊の大きさといった物理的な要素を取り除いて、口の中への刺激だけを取り出すための設計になっています。
そのうえで、食後90分間のエネルギー消費を呼気ガスから測定しています。
増えたのは90分で約4kcal
食事誘発性熱産生(DIT)は、食べたあとに消化や吸収のために消費されるエネルギーのことです。食後90分間の積算値は次のようになりました。
| 条件 | 90分間のDIT | 摂取した200kcalに対する割合 |
|---|---|---|
| 対照 | 3.4 kcal | 1.7% |
| 味わう | 5.6 kcal | 2.8% |
| 噛む | 7.4 kcal | 3.7% |
噛む条件は、対照と味わう条件のどちらよりも有意に高い値でした(p < 0.05)。
噛む条件と対照条件の差は、90分間で約4kcalです。
ここで見落とされやすいのが、真ん中の行です。噛まずに口に含んでいるだけの条件でも、対照より2.2kcal多く消費されています。つまり増加分の半分以上は、噛むことではなく味わうことで説明がついてしまいます。「噛む回数」だけの話ではないということです。
なお、割合の欄は摂取カロリーから計算したもので、論文には書かれていません。
その4kcalはどのくらいの大きさか
4kcalは、ご飯ひと口(およそ25kcal)の6分の1ほどです。歩く時間に直せば1分程度にあたります。1食単位で見れば、無視できる大きさです。
では積み上げたらどうなるか。以下は原著には無い、こちらでの外挿計算です。
1日3食で同じように処理したとして1日12kcal。365日で4,380kcal。体脂肪1kgをおよそ7,200kcalとすると、年間で0.6kgという計算になります。
同じ著者らの先行研究では、固形食を使った場合にもう少し大きい値が報告されています。論文の考察に引用されているのは、100kcalの固形食で6kcal、300kcalで10kcalという数字です。パスタを含む621kcalの食事では、180分間で15kcal増えたとされています。
この最後の比率は摂取カロリーの約2.4%にあたります。これが1日2,000kcal全体に当てはまると仮定すれば1日48kcal、年間で2.4kgほどになります。
ただしこの計算には、食欲が増えたり活動量が減ったりといった体の埋め合わせが一切入っていません。原著の著者らはこうした換算を一切していません。 数字が独り歩きしやすいところなので、あくまで規模感の目安として見てください。
差が出なかったものも見ておく
この研究で有意差が出なかった項目は、出た項目と同じくらい大事です。
- 空腹感と満腹感:100mmのスケールで測定したが、条件間に有意差なし
- 呼吸交換比と基質の酸化:脂質が多く燃えるようになる、といった変化は見られなかった
- 上腸間膜動脈の血流:腸へ向かう血流は3条件とも変わらなかった
血流が増えたのは腹腔動脈(胃や肝に向かう側)で、しかもその増加は味わう条件でも同程度に起きています。噛むことに特有の反応ではありません。
「よく噛むと満腹になって食べる量が減る」という説明は、この研究では支持されていません。 満腹感に差が出なかったからです。噛むことと満腹感の関係については別の研究があり、そちらでは差が出ています。ただし研究ごとに食べ物も条件も違うので、まとめて一つの話にはできません。
著者はどこまで言っているか
論文の結論部分で著者らが使っている言葉は「推測する(speculate)」です。DITの増加を通じて過体重や肥満を避けられるかもしれない、という書き方にとどまっています。
体重も体脂肪もこの研究では測定されていません。11名の若年男性、液体食、90分間という条件です。女性、中高年、肥満のある人、普通の固形食で同じことが起きるかは、この研究の範囲外です。
なお、この論文には独立した限界の節がありません。考察の中で著者らが触れているのは2点です。液体食では固形食より刺激が小さく、DITの増加も小さくなること。そして食塊の大きさもDITに関わりうることです。
まとめ
- 噛むこと・味わうことで食後のエネルギー消費が増えるのは、実験で確認されている
- ただしその差は200kcalの液体食で90分に約4kcal。1食では体重を動かす大きさではない
- 増加分の半分以上は「噛む」より「口に含む時間」で説明がつく
- この研究では満腹感に差が出ておらず、食べる量が減るという説明は支持されていない
- 積み上げれば年0.6〜2.4kg相当という試算はできるが、原著には無い外挿であり、体の埋め合わせを無視している
噛むことは、続けても損の少ない習慣です。ただし「これだけで痩せる」ものとして期待すると、数字の規模が合いません。食事の内容や量を見直したうえで、その隣に置くものとして考えるのが、今のデータに合った位置づけだと思います。
次に読む
- ナッツは粒のままとペースト、満腹感は違うのか
- 早食いと肥満の関係。報告されていることの整理
- GLP-1ダイエットの前に。満腹サインを育てる食事の3習慣
- 一口30秒噛むと食後の消費が約4kcal増加(この研究そのものの中身と、測られなかった項目)
※この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。体重や食欲について気になることがある場合は、医療機関にご相談ください。
この記事の科学的根拠(参考文献)
Chewing increases postprandial diet-induced thermogenesis
Yuka Hamada, Naoyuki Hayashi (2021)
Published in: Scientific Reports
健常な若年男性11名のランダム化クロスオーバー試験。液体食200kcal(カロリーメイト缶)を、そのまま飲む/一口30秒間口に含む/一口30秒間(1秒1回で30回)噛んでから飲む、の3条件で比較した。食後90分間の食事誘発性熱産生は 3.4 → 5.6 → 7.4 kcal と有意に増加し(p<0.05)、胃や肝を灌流する腹腔動脈の血流も味わい・咀嚼の両条件で増えた。ただし腸管側の上腸間膜動脈の血流、呼吸交換比、空腹感・満腹感には有意差が出ていない。咀嚼と対照の差は90分で約4kcal。体重や体脂肪は測定しておらず、著者も肥満予防に役立つ『かもしれない』と推測の形でしか述べていない。
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