この記事は以前、「よく噛むと分泌されるGLP-1が膵臓のインスリンを事前にスタンバイさせ、緩やかな血糖カーブを構築する」「噛まずに流し込むと強烈な血糖値スパイクとその後の低血糖を引き起こす」と書いていました。このサイトが引用している研究では、そこまで言えません。全面的に書き直しています。
コンビニのパッケージから健康本の帯まで、「低GI(グリセミック・インデックス)食品だから太りにくい」という宣伝文句があふれています。GI値は、ある食品が白米やブドウ糖に比べてどれくらい血糖値を上げやすいかを示す相対的な数値です。
では、同じ食品でも「噛み方」を変えれば血糖のカーブは変わるのか。ここが本題です。
噛む条件と噛まない条件を直接比べた試験
E20(Kamemoto et al. 2024, Scientific Reports)は、健常若年男性19名のランダム化クロスオーバー試験です。千切りキャベツをメトロノームに合わせて噛んで食べる日と、同じ量をペースト状にして噛まずに食べる日を比べ、その後に同じエネルギーゼリーを食べて180分追跡しました。
結果は、咀嚼を支持するものと支持しないものが同じ試験の中に両方あります。
- 総GLP-1は噛んだ条件で45分(p=0.002)・60分(p=0.017)・90分(p=0.049)に高く、インスリンとGIPの増加分の曲線下面積も高い(p=0.019 / p=0.009)
- しかしGLP-1は120分(p=0.027)と180分(p=0.023)では逆に噛んだ条件のほうが低く、GLP-1全体の曲線下面積には有意差がありません
- 血糖値は曲線下面積で差がなく、30分時点ではむしろ噛んだ条件のほうが高い(p=0.007)
つまり、この試験を根拠に「噛めば血糖カーブが緩やかになる」とは言えません。血糖については差が出ていないか、一部の時点では逆向きでした。
なお資金はキユーピー株式会社で、著者9名のうち3名が同社の従業員です。比較されているのは咀嚼回数ではなく食べ物の形(千切りかペーストか)で、この点は E05(クルミを粒のまま食べるかペーストで食べるか)と同じ設計です。
噛む回数を指定した試験ではどうか
E17(一口30回)と E19(空腹時のガム咀嚼)は、噛む回数のほうを操作した試験です。どちらもGLP-1は有意に上がりました。ただし、同じ試験で血糖値もインスリンも変化していません。
GLP-1が上がることと、血糖のカーブが変わることは別の話です。このサイトが引用できる範囲では、前者は複数の試験で観察されていて、後者は観察されていません。
それでも「噛みごたえ」に意味がないわけではない
E04(吹田研究)は、咀嚼能力の低い群でメタボリックシンドロームが多いという横断研究です。横断研究なので、どちらが原因かは判定できません。 咀嚼能力が落ちたから代謝が悪くなったのか、もともと健康状態が良くない人が噛めなくなっているのかを、この設計では分けられません。
E02 はマウスを用いた学位論文で、査読誌の論文ではありません。ヒトの血糖動態の根拠としては使えません。
現実的に言えるのは、この程度です。
- 硬い副菜を組み合わせると、食事にかかる時間は実際に伸びる
- ペースト・スムージー・流動食に寄せると、噛む機会そのものが無くなる
- ただしそれが血糖のカーブを緩やかにするという結果は、このサイトが引用している試験からは出ていません
この記事で断定しないこと
- 「噛めば血糖値スパイクを防げる」——E20で血糖の曲線下面積に差はなく、30分時点は逆向きでした
- 「GLP-1がインスリンを事前にスタンバイさせる」——そのような機序を測った研究をこのサイトは引用していません
- 「食後2〜3時間後のクラッシュ(低血糖)を防ぐ」——低血糖を測った試験がありません
GI値の数字を気にするのをやめる理由はありませんが、その代わりに「噛む回数が本当のGI値を決めている」と言い換えるだけの根拠も、今のところありません。
※この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。
正しい咀嚼を、もっと楽しく。
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