膝や腰の事情で走れない、仕事が詰まっていてジムに行く体力が残らない。運動でカロリーを使う道が閉じていると、あとは食事を削るしかないように思えてきます。
そこで目に入ってくるのが「よく噛めば消費カロリーが増える」という話です。ただ、実際にどれくらい増えるのかを測った研究は多くありません。数少ない実測値を先に書きます。
先に結論を書くと、噛むことで増える消費カロリーは、運動の代わりになる大きさではありません。
この記事は以前「年間で数キロの脂肪燃焼分に相当する差が生まれる」と書いていました。該当する研究を確認できなかったため、2026年8月に削除しています。 以下はその書き直しです。
増えるのは事実。ただし1食あたり約4kcal
食後に体が消化のために使うエネルギーを、食事誘発性熱産生(DIT)と呼びます。1日の総消費エネルギーのうち1割ほどを占めるとされる枠です。
E03 の研究は、この枠が噛むことでどう動くかを実際に測っています。健康な若年男性11名に200kcalの液体食をとってもらい、次の3条件を比べました。
| 条件 | 食後90分間のDIT |
|---|---|
| そのまま飲む | 3.4 kcal |
| 一口30秒間、口に含む | 5.6 kcal |
| 一口30秒間、噛んでから飲む | 7.4 kcal |
差は統計的に有意でした(p < 0.05)。ただ、噛む条件と、そのまま飲む条件の差は約4kcalです。ご飯ひと口にも届かない大きさです。
しかも、噛まずに口に含んでいるだけの条件で5.6kcalまで上がっています。増加分の半分以上は、噛む動作ではなく口の中に食べ物がある状態そのもので説明がついてしまいます。
この研究の対象は11名、試験食は液体、測定時間は90分です。体重も体脂肪も測られていません。ここから年単位の体重差を導くことはできません。
では噛むことに意味がないのか
消費側で期待できないぶん、摂取側で差が出る可能性は残っています。
E05 の研究では、健常成人50名がクルミ28gを、粒のまま食べる条件とペースト状にして食べる条件で比べました。粒のままのほうが満腹感が高く、空腹感が低いという結果が出ています(p < 0.05)。
ただし同じ研究で、血糖値・インスリン・活性GLP-1にはいずれも有意差が出ていません。「噛むと血糖値が安定する」という説明は、少なくともこの研究では支持されていません。
ただし、この研究では実際に食べた量そのものは測られていません。それでも、満腹を感じやすければ食べる量が自然に減る、という道筋はありえます。運動できない人にとって現実的なのは、消費を増やす話より、こちらの話のほうです。
消化への影響
E06 は、咀嚼と嚥下・消化器系・栄養の関係をまとめた系統的レビューです。十分に噛まずに飲み込んだ大きな食塊は消化の進み方を変え、食後の血糖の上がり方に影響しうると整理されています。
ただしこのレビューは、DITを定量した研究ではありません。以前この記事はここから消費カロリーの話を引き出していましたが、それは引用の誤りでした。
運動できない時期にできること
以上をふまえると、やることは地味です。
噛む回数が増える形で食べる
同じ食材でも、切り方や調理法で噛む回数は変わります。細かく刻んだものより大きめに切ったもの、煮崩したものより歯ごたえの残るもの。ごぼう、れんこん、玄米などは自然と時間がかかります。
これは消費カロリーのためというより、食べ終わるまでの時間を延ばして満腹のサインが届くのを待つためです。
タンパク質は形のあるまま食べる
栄養素の中でタンパク質はDITが高く、摂取したエネルギーのうち2割から3割が熱として使われるとされています。これは咀嚼とは独立した、栄養学で確立している性質です。
プロテインドリンクが悪いわけではありません。ただ、噛んで食べられる場面なら、肉・魚・卵・大豆製品のような形のあるものを選ぶほうが、噛む時間も一緒に確保できます。
顎を痛めるほど噛まない
「限界まで噛む」ことを勧める情報を見かけますが、顎関節には負担がかかります。噛むときに音が鳴る、口が開けにくい、痛みがあるといった症状があれば、噛む回数を増やす前に歯科に相談してください。
まとめ
- 噛むことで食後の消費カロリーは増える。ただし1食あたり約4kcalで、運動の代わりにはならない
- 期待できるのは満腹感の側。ゆっくり噛んで食べることで、食べる量が減る可能性がある
- 血糖値やインスリンへの影響は、引用した研究では確認されていない
運動できない事情があるときは、まず医師や理学療法士に相談して、その状態で安全にできる動きを確認するのが先です。噛むことはその代わりにはなりません。
※この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。持病がある方、治療中の方は主治医にご相談ください。
正しい咀嚼を、もっと楽しく。
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