ダイエットや健康管理において、「カロリー・イン(摂取)とカロリー・アウト(消費)のバランスが全てである」という考え方は、熱力学の法則としては正しいものの、人体の複雑な内分泌システムを説明するには不十分です。
最先端の栄養代謝学が警鐘を鳴らしているのは、「同じ500kcalの食事であっても、それを『噛まずに一瞬で流し込んだ場合』と『30回噛んでドロドロにしてから飲み込んだ場合』では、体内での処理プロセス(生体応答)が全く異なる結果をもたらす」という事実です。
本記事では、「噛む・噛まない」という物理的な条件の違いが、同じカロリーの食事をいかに「太りやすい毒」にも「燃えやすいエネルギー」にも変えてしまうのかを解説します。
粒子サイズ(粉砕度)と消化吸収のスピードの差
食べ物を咀嚼する最大の目的は、食物の細胞壁を破壊し、胃液や腸液の消化酵素が触れる「表面積(粒子サイズ)」を最適化することです。
- 噛み砕いたナッツの実験(E04関連): アーモンドなどのナッツ類において、「ほとんど噛かまずに大きな塊のまま飲み込んだ場合」と「ペースト状になるまで噛み砕いた場合」を比較した研究があります。よく噛んだ場合は、細胞壁が破壊されて中の脂質やエネルギーがしっかりと吸収され、同時に強い満腹感が長時間持続しました。しかし、噛まずに飲み込んだ場合は大きな塊のまま便として排出される割合が増える一方で、胃部不快感が生じ、満腹シグナルが脳に届きにくくなることが示唆されています。
- また逆に、糖質(おにぎりやパン)を「噛まずに急いで飲み込む(早食い)」と、大量の炭水化物が一気に胃から小腸へ雪崩れ込み、血液中への糖の吸収スピードが爆発的に跳ね上がります(血糖スパイク)。
インスリンの「過剰分泌」とGLP-1の「欠如」
同じ量の糖質・カロリーを摂取しても、食べるスピード(咀嚼の多寡)によって、膵臓(すいぞう)からのインスリン分泌量が劇的に変わります。
- 早食いによって血糖値が急上昇すると、膵臓はパニックを起こし、必要以上の「大量のインスリン」を分泌します。インスリンは別名「肥満ホルモン」とも呼ばれ、血中の余った糖分をせっせと脂肪細胞に詰め込む作業を行います。
- 一方、時間をかけてしっかりと咀嚼した場合(E02関連のGLP-1の分泌メカニズム)、腸管から「インクレチン(GLP-1)」というホルモンが早期に分泌されます。GLP-1は、胃の動きをゆっくりにして糖の吸収を穏やかにし、膵臓に対して「後から糖がゆっくり来るから、インスリンも少しずつ出してね」と事前予告(頭出し)を行うマジックホルモンです。
つまり、カロリーが全く同じでも、「噛まない食事」はインスリンの暴走(脂肪蓄積ルート)を招き、「噛む食事」はGLP-1のセーフティネット(代謝安定ルート)を展開させるという、致命的な差が生まれるのです。
「食事誘発性体熱産生(DIT)」の着火不良
さらに、消費する側のカロリー(カロリー・アウト)にも差が出ます。
- 食事を噛んで飲み込み、消化する過程で内臓が熱を発する「食事誘発性体熱産生(DIT)」の量は、咀嚼の回数と時間に比例して大きくなります(E03)。
- 同じ固形物であっても、流し込むように食べた場合、交感神経やヒスタミン神経系が十分に刺激されず、DITが作動しません。結果として、「摂取したカロリーを熱として燃やして捨てる」機能がオフになったままとなり、摂取した500kcalがそのまま体内に「重く」のしかかることになります。
「カロリー計算アプリ」の数字が完璧でも痩せない、あるいは体調が悪いという人は、そのカロリーを「どういう物理的プロセス(咀嚼)で体内に迎え入れたか」という、システムの手前にある「入り口の設計」を見落としている可能性が高いのです。