プロのスポーツ選手が試合中にガムを噛んでいたり、勉強の合間にチューイングガムを噛むことで集中力が高まるといった経験則には、脳神経科学に基づく強固な合理性が存在します。実際に中学生を対象にした1ヶ月間のガム咀嚼介入調査において、知覚・認知能力(数学のテストスコア)と、純粋な運動の瞬発力(短距離走のタイム)の双方が、統計的に有意なレベルで向上したという結果が報告されています。
本内容は、咀嚼器官を用いた介入が学習や運動能力のエンハンサー(増強剤)としていかに機能するかに関する最新の知見に基づいています。
ガムを「噛むこと」によるさまざまな作用 - 農畜産業振興機構 等報告
ガム咀嚼介入がもたらした「学力と瞬発力のブースト」
成長期の若年層(中学生)数十名を対象とした同研究においては、日常の習慣に対して「1日3回、決められたタイミングでガムを咀嚼する」というシンプルな介入を1カ月間にわたって継続し、その前後における各種パフォーマンスを測定しました。結果として、単に「咬合力(噛む力そのもの)」が強化されただけでなく、脳や筋肉の出力に直結する以下のような項目において明確な向上スペクトルが認められています。
- 学習・認知パフォーマンスの向上: 介入前に比べて、同一難易度の数学の標準化テストにおいて、正答率およびスコアの目覚ましい向上が確認された。
- 運動・瞬発系のパフォーマンスの向上: 全身の瞬発力を測る「0-10メートル走(スタートダッシュ能力)」において、介入後には明らかに有意なタイムの短縮が見込まれた。
これらの結果は、咀嚼行動そのものが単なる「消化器官の準備運動」ではなく、大脳皮質から全身の骨格筋に至るまでのあらゆるアウトプットの質を高めるための、極めて効率的な「中枢神経系の覚醒トリガー」となっていることを裏付けています。
「網様体賦活系」の刺激と覚醒水準(Arousal Level)の最適化
咀嚼が脳と身体のパフォーマンスを同時に引き上げる背景には、脳の最も根源的な部位である脳幹(Brainstem)に存在する「網様体」の働きがあります。
一定のテンポで前歯から奥歯にかけてリズミカルな咀嚼運動を繰り返すと、歯根膜などの感覚受容器から拾い上げられた大量の信号が三叉神経を猛スピードで駆け上がり、脳幹の「網様体賦活系(Reticular Activating System: RAS)」へと絶え間なく流し込まれます。
- 覚醒水準の引き上げ: 網様体賦活系は、いわば脳のメインスイッチ(覚醒中枢)です。ここへの持続的な刺激は、まどろみや倦怠感を吹き飛ばし、脳全体を「最適な覚醒水準(Arousal level)」へと一瞬で引き上げます。
- 前頭前野と運動皮質の同時活性: 覚醒中枢がオンになることで、高度な論理的推論やワーキングメモリを司る「前頭前野」における局所的な脳血流量(CBF)がドッと増大し、これが上述の数学スコアの向上(集中力と処理速度のブースト)を説明します。
- 運動指令の伝達速度向上: 同時に、四肢を動かすための命令を下す「運動皮質」の興奮性も増大し、筋肉に対してより迅速かつ強力な電気信号を下す準備が整います。これが短距離走における瞬発力(反応速度と初速)の向上につながっていると推測されます。
「噛む」というゼロコストの合法エンハンサー
勉強前や試合前、あるいは試験の最中などにおける「過度な緊張(交感神経の暴走)」を和らげるストレスバッファ機能と並行し、今回の「適度な覚醒水準への引き上げ(網様体系の活性化)」を同時にやってのけるのが咀嚼行動の特筆すべき点です。
日々の学習環境やスポーツ現場において、特定の栄養素やカフェインといった外部物質の摂取に頼らず、自分自身の顎の筋肉を動かすだけで「集中力のオン」と「緊張のオフ」を瞬時に切り替えられる「チューイング」という行為は、極めて手軽で副作用のない、最高のパフォーマンス強化ツールであると言えます。
この記事の科学的根拠(参考文献)
ガムを「噛むこと」による さまざまな作用 - 咀嚼と学習および運動パフォーマンスの関連
農畜産業振興機構 (ALIC) 等報告 (2026)
Published in: Research Reports
若年層(中学生など)を対象としたガム咀嚼介入において、1日3回の咀嚼習慣が咬合力の強化のみならず、学習テストのスコア向上や短距離走などの瞬発的運動パフォーマンスを有意に向上させることを示した報告群。